国民文学

By Project マッコウクジラ

ここでは、過去に国民文学という短歌の結社に発表したものを、再編集して発表しているコーナーです。

1995年発表作
1996年発表作
1997年発表作
1998年発表作
1999年発表作

2000年発表作から編集

木犀のかをり

くまざさの葉に積もる雪風吹けば空間に舞ひ風花とならむ
新聞に掲載の蘭展示会の写真に載りしパピリオを買ふ
バタフライオーキッドとも呼ばれたるパピリオの花暖房の中
山奥に見しシリウスの街角に見る時よりも強く輝く
亡霊のさまやふやうに真夜中のハイウェイ一人スピードの中
透きとほる林の中をテンポよく移動してゆく二羽のきつつき
木を鳴らすきつつきの音強くなる時雨の音の中へ溶け込む
呼吸音のみ響きゐる真夜中にオンシジウムの花ぼとり落つる
自動車の窓を開けたる嗅覚にしがみつくやうに木犀のかをり

気温二十度の風

久し振りのソフトボールに打ち走り昔の勘の全く動かず
慎重に両手に天をキャッチしてソフトボールの吾がグローブに
散歩する吾の目の前一面にたつなみそうのあをの絨毯
飲みて吐き飲みては吐きておもむろに吾の体の酒に慣れゆく
過去からの時間の全て脳内のシプナスの中貯蔵さるるか
思ひ切り屈伸をして背伸びして天を仰ぎて吾走り出す
ランニングの吾に降り出すにはか雨身体を幾つ冷たくたたく
重力を左右の腕を振り分けて推進力の力に変ふる
両足の筋肉痛と戦つて吾が精神はゴールを目指す
ムスカリの青き花咲く庭先を吹き抜くる気温二十度の風
快晴の春分の朝鷺草の球根新たな水苔に植う
雨の日の生まれは雨の日に死ぬと言ふ説のあり今日雨の降る
順番に緑に緑色を織り深き山へと姿うつろふ

空白政治

行きつけのスナックへゆく街角のテレビに映る有珠山噴火
有珠山と首相のニュース吾が日常何も変らずコーヒーを飲む
メールにて届く甘くて危険なるアイラブユーを削除リストへ
関心のなき人間の増殖を防ごうとせぬ空白政治
どうなるかどう変化するこの未来吾革新に一票投ず
動きゆく時代に一つ票を投げ結果の自公保安定政権
シドニーにて朝昼晩の過ぎてゆくそして翌日新聞も見る
世紀末過ぐる不安の一つとし吾の取り込む環境ホルモン
三宅島噴きて避難のニュース聞き今月出費の電卓たたく
正直な気持ちを誰も隠しあふリスク社会を今日も旅する

遠き稲妻

吾の立つ場所より東雨の降るそして輝く遠き稲妻
強くなる雨は周りの風景を水墨画へと静かに変へつ
太陽をつつめるままの雨雲の二日過ぎてもまだ曇り空
魔女達の会話の如くおばさんの声のみ響く喫茶に君待つ
満開の一時間をも待たぬまま月下美人の花閉ぢてゆく
透明のシャワーの如き街灯に集つて舞ふ白蟻無数
スターチス乾燥しても同じ色保つたままの花瓶の中に
突然に鳴り出す電子アラームに時計の中へ意識の向かふ
星の降る峠の上に一人立つ車のライト消して闇の中

累加の赤

確実に夏は静かに去りゆけり昼の時間を短めながら
刻々と変化してゆく真夜中の台風情報一人見てゐる
猛烈なる雨降り続き夜の闇の底より吾の耳へと届く
バビロンのタワーの如く高知のみ雨の累加の赤のそびゆる
高速の通行止めをテレビにて確認し高松行きを取り止む
台風が大気に塵を吹き飛ばしその後澄んだ空の広がる
夕暮れの光をまとふ筋雲のクロワッサンのやうに色付く
メロディーの様に淀みの無き流れハイウェーをゆく車の列の
昼間鳴くつくつくぼふしその数の少なくなるか秋分の午後

新世紀へと

最新のマルチメディアに並べたる世界の情報吾の空想
日常の生活変化するとなくテレビに騒ぐ円高問題
上がるなき給与明細根拠なき景気回復テレビに謳ふ
灰色の顔した人間灰色の社会の中に増殖するか
突然に鳴る携帯に国道の側の空地を必死に探す
一月にブーゲンビレア赤く咲く室戸の海を木枯しの吹く
現場への移動の時間着メロに宇多田ヒカルの新曲入るる
変化なく過ぐる日曜パソコンに向かひエクセルのプログラム組む
前進をしなければと叫ぶ細胞にストップかくる現実の闇
千年に一度の年賀状を書く吾の肉体まだ世紀末
買収をされし田畑の面積の範囲黄色く塗り潰したり
太股のゴムマリとなり新たなる道路のルート開拓してゆく
ジャンパーに身を固めたる一つ顔冷たく叩く鋭き風の
測量の合図をおくる吾の手のパントマイムの動きに似たり
雨の音のみ聞きながら休日の吾パソコンの文章を打つ
一世紀といふ百年に飛行機もコンピュータも出来戦争続く
ビタミンC補給しながらストレスの社会に抗ふ全力持ちて
ミクロからマクロに至る発想の細胞全て新世紀へと




1999年発表作から編集

梅の在処

ひだまりの窓辺の中に咲き揃ふシクラメンの花淡きももいろ
咲き始めの梅の在処を示すやうに林のめじろ声あげて飛ぶ
対向車のヘッドライトの眩しくて伏する瞳に映る暗闇
室内の温度とともに鉢植ゑのミニカトレアのかほりを放つ
北海道生まれのすずらん咲きました椿の下の白き鈴たち

菜の花の塔

青空へ互ひに競ひ伸びてゆく黄色に染まる菜の花の塔
菜の花の黄色の中をひらひらと紋白蝶の白舞ひ踊る
トラクター耕す後をつきながらゑさをついばむ白鷺七羽
視界より遠ざかるほど山の峰空に吸はれてみづいろになる
どこまでか続く青空追ひかけて吾の車の室戸へ向かふ

とびうをのステップ

この風が吹き抜くる場所今日もまた吾が車に通勤する道
見上ぐる目に死者の命の輝きか満天の星きらめく下に
開発を免れてゐる山肌にじやけついばらの黄の花冴ゆる
卓上のワイングラスのくれなゐの中を行き交ふタンカー二隻
とびうをのやうなリズムをステップを心に刻みプールを泳ぐ
峠道下る途中に霧の晴れ視線の下に虹現はるる
ごゐさぎの紅き瞳をかいくぐり若鮎達の上流目指す
直線が円弧にそして球になる海を背負ひて頂に立つ

一匹の鯛

追突をされさうになりハンドルを横の空地をぐいと切り込む
アクセルを強く踏み込む一瞬の速度に慣れぬ細胞のある
梅の木に付けたるむかでらんの咲く小さき小さき二ミリの黄色
松坂のファンになりたる母親の黄色き声に少女の面影
あんこうを捌けばまるごと一匹の鯛が腹より飛び出してくる
コーヒーの湯気の斜め上にある排気ファンへと吸ひ込まれゆく
大輪の赤き花火のその中にストロンチウムの燃ゆる一瞬

雨粒の重力

だんだんと強くなる雨ワイパーの強度を徐徐に上げてゆくのみ
ワイパーを最強にして降り続く雨の止むのをひたすらに待つ
雨粒の重力受くるねこじゃらし自由気ままに穂を揺らしゐる
ガラス窓五ミリの隙間潜り抜け遠吠えのやうに鳴くすきま風
カセットがリバースしても渋滞の車の列は進まぬままに
みづいろの空のバケツがどしやぶりの雨の止む後満水となる
ひとしきり強く降りたる雨止みて木星三日月並び輝く

徹夜三日目

たてに振り横にも振つて両腕にトランシットの合図を送る
縦縞をなして降る雨測量の道具を抱へ小屋へ逃げ込む
目の前の渦を巻く川みるみるに増水しつつまだ雨止まず
境界の杭を打ちたる内側の更地に広く雑草茂る
真夜中を時計の針と戦つて一つ一つを仕上ぐる図面
ばくばくと叫ぶ心臓握り締めただ働きの徹夜三日目
眠くなる意識に吾の負けまいとコンパスの針足に突き刺す
車座の中心に立ち県道の拡張について説明をする
この道路が必要なのかと思ふ吾技術者として失格だろうか
紫のなんばんぎせる踏まぬやうにすすきのなだりかき分け歩く
文章も会話も仕事の成果書も打ち込めば呑むディスプレイの中
作業着に積もりゆく雪手に払ひトランシットを左手に持つ

モラルとドグマ

肯定も否定もしない顔付きの人間達の溢るる会議
貸し渋し載る記事の下貸しますのサラ金会社の広告の載る
逃げ去りし者の借金返済に追われし吾はただの馬鹿者
体内の不安の分子追ひ払ふやうに大きく深呼吸する
ビジュアルの若者達に囲まれて一人酒飲むカジュアルの吾
少年の心の中を埋めやすく何かが歪んだモラルとドグマ
日常の会話の要らぬ不気味なるネットワークの会話広がる
新聞の活字がをどる世紀末吾は変はらぬ日にちを生く

献血バス

過剰なる報道そして無気質な青く悲しきアイスボックス
なんとなく小さな親切したくなり献血バスの中へ飛び込む
朱より濃き血液腕より離れ出て見事にパックに詰められてゆく
抜けてゆく血液の量に比例してクリアーとなる吾の脳内
日本のどこかの誰かB型の吾の血液持つと信ずる
献血をしても臓器の提供の意志表示YESと書く勇気なく

空白の脳

吐く息の温度が吾のジャンバーにしがみつく雪水滴にする
オリオンの弓に弾かれし流れ星吾の願ひを夜空に溶かす
凍結の路面にタイヤ奪はれて頭一瞬空白となる
冷静な判断下す細胞が空白の脳支配してゆく
ハンドルを右に左に切つた後何事もなき時間が戻る
メーターは扇を描き百キロを突破してゐる夜のハイウェー
一瞬に折りたたまれて球形の水滴になるてのひらの雪




1998年発表作から編集

心の地図

動脈のやうに流るるハイウェイの一部となりぬ吾の車も
頂を目指して白きハイウェイ巨大なソフトクリームに似る
いつだつて君は自由の海に住み吾の心の地図には書けぬ
清らかと信じる君の内心をカサブランカの花にたとへて
頼りなきナビゲーターが助手席に道路マップをしきりにめくる
偶然のとなりにいつも君がゐる運命の糸感じる程に
花をあげたことなどないものだから花屋の前で行つたりきたり
情熱がホップステップジャンプして君の心へ飛び込んでゆけ

桜回廊

空からの大地は国の境なくひび割れのない一ついのち
グラマンのやうに空から下りてきてまた天に舞ふ隼の影
春の日を重ねるほどに頂へ駆け上りゆく桜回廊
ありのままビルのガラスに写りたる青空そして流れゆく雲
杉木立くぐる海風ほんのりと潮とみどりのかをりを運ぶ

角度を西へ

便利さと快適の中にもどる事あらぬ緑の大地を測る
両の手に伝はる杭を打つ振動大地が抵抗してゐるやうだ
たちまちに姿変へゆく山容にパノラマサイズの宅地開発
人類がもしも滅べばこのビルも道路も街も遺跡だらうか
国道の車の波の途切れ待ちレベルを持ちてダッシュに横切る
排気ガス漂ふ空気吸ひ込みてスタッフを振る呼吸の速度に
測量のトランシットをぬらすまいと背中をぬらす傘さし作業
作業着に落つる雨粒濡れてゆく型より胸へ灰色の濃し
測量をするやぶの中蚊の群れの煙の如く吾をとりまく
おもひきり手を振り握るてのひらにあかく潰るるやぶ蚊三匹
漆黒の暗闇ならば同化する現場焼けせし吾の両腕
ひぐらしの声が突然止みしのち山の向かうに雷の鳴る
トランシット一周させても山の峰視界に誰の姿も見えぬ
くれなゐや黄色の落葉ふみしめて晩秋の猪野々に測量をする
靴下にひつつき虫のたくさんにしがみつきゐて蓑虫のやう
防波堤越えて測量する吾は高波せまる海へと向かふ
もどかしい歩みを一歩また一歩トランシットを持つ手は重く
かじかめる手をこすりつつ覗き込むトランシットの角度を西へ

光と影のストライプ

「こんにちは」と交わすひとことが頂を目指す歩みに力を与ふ
原色の傘見て運転する吾とラジオにて聞く梅雨入り宣言
少しづつ波が形を変へてゐる低気圧の近づく気配
空間の雨の間隔狭くなりやがて耳には雨音だけが
久し振りに快晴となり吾の引く影の短さに少しおどろく
フランスに行ける気分に真夜中のサッカーを観るてのひら握り
山道をひとつ間違ひ迷ふ吾歩けどもあるけども緑の洪水
こもれ日の琥珀の光浴びてゆく光と影のおくストライプ
腕時計のガラスに写る入道雲もくもく広がり白色になる
銀鱗のやうに輝くせせらぎに空想巡らす人魚伝説

傘の標本

ダム湖から現はるる過去の家並を見ながらポテトチップスを食ふ
作業車を止めて眺むるダム低く地肌のあかき斜面広がる
東日本ばかりに雨の降るニュース給水制限三〇パーセント
これ以上雨のいらなくなりし地に台風七号八号近づく
水不足解消させる台風に止まらぬ程の雨降り続く
目の前に連なる四国山脈の尾根の向かうで雷の鳴る
波しぶき濃霧のやうに海岸線を白いヴェールに包み込みゆく
ワイパーも利かない程の土砂降りとなりハンドルを握り直しぬ
雨雲がスピード上げて天空をかけぬけてゆく時計回りに
ただ前を見つむる吾の目の前を横切るワイパー右へ左へ
いつもとは違ふルートに走れるも随所に道路冠水つづく
一瞬の突風受けて雨傘は骨格だけの標本となる
細胞の中まであをくなりさうな台風一過の澄み渡る空

じょうびたき

ピラカンサの実が紅に色付く頃じょうびたきの声が聞え始むる
喉上げてピラカンサの実を一つづつ満足さうについばんでゐる
縄張りを主張してゐるかの如くじょうびたき鳴く手の届く距離
じょうびたき素早く空に舞ひし後庭にしばらくひよどりの声

掌の無為

黄道の動きと共に夕暮れの星座は動く季節はめぐる
ランニングする吾照らす満月に白夜の如きやさしさの中
朝夕の風のつめたく街路樹のなんきんはぜのくれなゐを吹く
三十度上に曲がつて錆びついた釘の先端トンボが止まる
ストレスの地雷をひとつ踏むたびにまた上手くなる偽りなのか
おもいきりハイジャンプして近づいた月までの距離掌の無為




1997年発表作から編集

ヘールボップ彗星


双眼鏡持ちて早朝散歩するヘールボップ彗星を見に
北の空夜毎夜毎に伸びてゆく彗星の尾をディバイダで測る
太陽のプラズマ受けて彗星の尾は伸びてゆくその身を削り
大量のダストが新たなウイルスを運び進化を促すといふ
天気予報晴れなら朝の彗星が見える時刻に目覚ましセットする
目に見える彼方から来て彗星はまた帰りゆく星のふるさとへ

タイムスリップ

エイプリルフールとともにやつてきた五%の消費税なる
十年振りに歩く下町あの頃へタイムスリップしたかのやうに
住んでゐた頃と変はらぬまちなみと地上げに消えし空地が並ぶ
シンデレラのやうになりたる君の目は過ぐる時間の針ばかり見る
瀬戸内の緑はだんだん消えゆくか無残に赤松枯るる峰々
塊になつてひたすら君のこと考えてみた好きか嫌ひか
細胞にJAZZのリズムが溶けてゆく床にテンポを右足でとる
片坂を下ればだんだん土佐弁のイントネーション逆になりゆく

黒潮の詩

まづ一輪咲き始めたるオレンジの百合は新たな夏を告げゐる
ニューギニアインパチェンスの紫が一つ咲きたる家の庭先
雨上がり寒冷前線が去つたのか風がだんだん西向きになる
サンゴジュの新芽は朱色の光持ち天へ天へと炎の如く
燃え上がるサンゴジュの並木抜けたなら渚のブルーに瞳は染まる
太陽が欠けてゆくときおもむろに光は勢ひ失つてゆく
黄梅の黄色き花がだんだんと伸びゆく新芽の中へと消えぬ
暑くなる日差しと共に山々の木々に次第に緑極まる
大いなる緑の大地に影落とすふんはりとした白き浮雲
黒潮が届く室戸の港町ハイビスカスの紅にあふるる
南東の沖より寄する高波に小笠原より台風の便り
一瞬の上昇気流つかまへてとびは一気に天へ飛び立つ
蝉の音止んできたなら強くなる雨音だけの世界に変はる
スコールのやうな雨が去つたなら嵐のやうに蝉が鳴きだす
だんだんと五感の力さめてくるフィトンチッドの降る森の中
吐き出したCO2がアマゾンで酸素になつてまたやつてくる
青空へゴルフボールを強く打つナイスショットを頭に描き
オゾン層消えゆく地球この吾も大地を汚す加害者の一人
見上げたる吾の視線を飛び越へる入道雲に弾力がある
一歩でも踏み外したら命なき山また山を己と旅す
危険だと知つてゐながらチャレンジをせよと心と体が叫ぶ
右脳から出てくるといふイメージに文字を借りて生命を与へる
新しいシューズを履いてふみしむる大地の少し空へ近づく
新宿の人混みを避け駆け抜けるナンバーエイトになつた気分で
目を閉ぢてまた目を覚ます夢の間に地球は半分自転してゐる

最北端

真夜中の津軽海峡気は逸るまだ見ぬ大地北海道へと
果てしなく直線の道どこまでも大地を越へてあの青空へ
大地分け原始の姿そのままに日本海へ天塩川流るる
サロベツの原野に吾はただ一人ちつぽけだよな人間なんて
目の前にオホーツク海日本海最果ての地に今夜は眠る
はるばると最北端に来し吾はロシアを見つつコーヒーを飲む
スピードの感覚なくなるほど同じ景色の中を車走らす
一時間経つても二時間経つてもオホーツク海原野の中を
双瀑の音と目を閉ぢ聞き分くる流星の滝銀河の滝と
漁火が一つ一つと灯りゆく津軽海峡闇へと溶ける

消ゑゆく景色

こほろぎの声をBGMにしてトランシットの角度を合はす
担ぎたるトランシットの肩越しにをみなへしの黄の花揺るる
工事現場をブルドーザーが通る度トランシットの視界ゆらめく
計画図単曲線の中にある消えゆく民家消えゆく田畑
山焼きに消えしすすきの株間よりナンバンキセル姿あらはす
明星を見ながら山を下りてゆくトランシットと脚をかついで

スピードバランス

スピードのスリルの視界に飛び込んだ紅葉の赤大海の青
トンネルを奥へと進みFMの受信の音が小さくなりゆく
指先がハンドルの数覚えてるスピードカーブのバランス具合を
弾丸のやうに峠を下りくタイヤがカーブでソプラノうたふ
紅葉を追ひかけいつか追ひ越して車は山の峠へ登る

冬の足音

だんだんと実になつてゆくコスモスの姿に冬の足音感ず
朝夕がめつきり寒くなりました友に今年も手紙を記す
紅葉を見ながら登る山道の影の斜面に霜柱立つ
熊笹をつたふ雫の凍りつき葉先に長きつらら幾本
祈り声天へ天へと轟かせ巡礼達は山また山を
水滴のガラスに凍る結晶が孔雀の羽の広がりに似る
公園の番人のやうに百舌は鳴くひときは高き木の天辺に
ひよどりがめじろの群れを追ひ払ひ紅き椿の主となりぬ
たくさんの恋人達のおもひでがパウダースノーとなって積るか




1996年発表作から編集


永遠の時計

スリランカ首都はコロンボ呟いてセイロンティーをぐつと飲み干す
O2を体いつぱいすひこんだ自然に同化してしまふ程
悲しげなケーナの音色がアンデスの黄金伝説伝へるやうだ
ダージリンはモーツアルトが好きらしい煙はリズムに合せてゆらり
真夜中のTVに向かつてガッツポーズ熱き思ひはアトランタへと
限界の文字が大きく見えてくるでも生きてゐるチャレンジ出来る
落ちてゆく砂の時計に刻まるる永遠の中の一分一秒

風を背に

空は澄み寒くなりゆく風を背にトランシットをかついで山へ
道が出来便利になりゆくその反面大地や緑は黙つて消えゆく
地図上へ道路線形引いてゆく自然破壊と知つていながら
真夜中の残業終へて午前二時空見上ぐれば輝く彗星
依頼され立木調査のテープ巻くこの木は来年あるのだらうか
両腕でマルと描いて合図する今日の測量これでおしまひ

今夜の気持

何気ない言葉の中に住んでゐる優しき天使冷たき悪魔
百カラットのダイヤが眠る渚には恋愛ドラマのシーンが似合ふ
君だけのサンタクロースになりたくてネオンの街を粋に駆け行く
ハンドルを切ればとなりに眠る君はメトロノームのやうに動くね
吾は今君を連れ去る風になる遠くへいこうよまだ見ぬ場所へ
もう少し強い思ひで抱かれたら許してしまふと君がつぶやく
本当は弱い吾だと知つてゐるけれど強がる方の吾は何者
幸せは海の青かな空の青どんな色かな心は春風
目を閉ぢてラストシーンを演じてる君の予感吾の予感
一杯のカクテルが知つてゐればいい一人になりたい今夜の気持
微笑みの中に自分を閉ぢ込めて一人さまよふ流れる時を

ルート55

サファイアの海にこの身を委ねたら熱帯泳ぐ魚に変はる
おらんくの海のくぢらを見に行こう漁船に乗つて黒潮目指し
黒潮の波のうねりを蹴散らして土佐の男の船は揚々
海原へ小船に乗つて飛び出せば現実なんていいやと思つた
沖合いを流れる黒潮赤道の潮の香りをのせて旅する
自動車に岬回れば沖合の海の白波強くなりゆく
台風が過ぎ去つた海何事もなかつたやうに静かに波打つ
スピードの右手はずつと太平洋ルート55海は青いぞ

ブルームーン

雑草の間に一つ顔出したハナダイコンの薄きむらさき
雨上がり大地の花弁踏みしめて見上げてみればあをき葉桜
千年の森の命に囲まれた古き社は眠るが如し
青空へブルームーンが溶けてゆくそして時間は何事もなく
街角のビルの谷間に打ち上がる花火にしばし時を忘れる
夜の空に輝く星のまたたきはむかしむかしの光の言霊
荒れ果てる無縁仏をなぐさめて風の匂ひと曼珠沙華の花
風澄んで空がだんだん遠くなる大地の者を置き去りにして
落葉樹冬の到来待つてゐる日に日にその身を赤く染めつつ
帰る場所さがして風はどこへゆく散りゆく木の葉蹴散らしながら
オレンジの道が目の前に現れる静かに昇る朝日のもとへ
ウォーミングアップをしてる北風が次の春への予感を秘めて




1995年発表作から編集



昼下がりダイヤモンドの海の中船は岬を東へ西へ
花の散り空を目ざして青葉立つ大地の声を伝へるやうに
見上ぐれば天から星が降つてくるそんな気がする山小屋の夜
水色の紫陽花達に見守られ参道登る雲辺寺へと
真夜中に悲しい音で木枯らしが辿りつく場所探してゐるよ

球の大地

人生は思ひ通りにいかないねそんな思ひをグラスに沈め
ハイウェイを吹き抜ける風追ひ越して遠くへ行きたい一人で行きたい
誰だつて笑顔の仮面付けてゐる言へぬ本音を心に秘めて
ジャンボ機の中から球の大地見えコペルニクスになれた気分だ
ワイキキのビーチに笑顔で手を振れば異国の女性がほほゑみかくる
目を閉ぢてここが男の勝負時胸の鼓動がただ心地良い

ロマンスの呪文

よそ行きの紅いルージュは誰のもの君の心が吾を試す
今日は雨明日はドライブ待ってゐた神様あしたは晴れますやうに
さやうなら君がつぶやく一言が吾の心を闇へ連れ去る
ロマンスの呪文を君にかけませう恋の魔法で眠れるやうに
唇で吾の情熱伝へたい言葉にならぬ熱き思ひを

沖ノ島

沖ノ島に巡航船がやつてくる深きブルーの海の果てから
島外れGPSの測量に見慣れぬ機械にオウムと言はる
港にて漁師に呼び止められ測量作業を止めて船に近づく
とれたてのきびなご囲み缶ビール片手に漁師と酒組み交す
港から遠ざかる船だんだんと小さくなりて空へと溶ける
せせらぎの輝く海を背景にトランシットの角度を山へ
客人も無く荒れ果つる参道を木々が静かに森に変へてゆく
ジャングルのやうな林もその昔段々畑の痕跡のある
弁当を開く斜面の傍らにほしざきかんあふいの眼のやうな花
太陽とオーシャンブルーに囲まれて黒潮の詩肌に感ずる
二週間今日でさよなら沖ノ島最後の夜を星と乾杯
世話になつた旅館に人に見送られ巡航船は島離れゆく
波を飛ぶとびうおを群れ追ひ越して巡航船は宿毛へ向かう